ブランドストーリー

「靴下ってこんなもの」を覆す

樋口メリヤス工業株式会社

代表取締役 中江優子さん

数多くのメディアでも紹介されるオリジナルの靴下「つつした」を開発し、販売する1933年創業の老舗靴下メーカー。
「かかとがない」「筒状」という、靴下の固定概念にとらわれない画期的な商品はどのようにして生まれたのか。代表取締役の中江さんに、つつした誕生のきっかけと商品に託す想いを聴いた。



日本の靴下

1500年代から1600年代に南蛮貿易によって日本へ伝わってきたと言われています。明治時代、洋装が一般化するとともに広く普及し、長い時間をかけて現在一般的な「かかとのある」形が生まれ、5本指ソックスなど多くの派生形も登場しました。


「最近見かけへんねんけど、昔あった『筒』の靴下って置いてへん?」
樋口メリヤス工業を訪れた一人の男性が、そう尋ねた。
筒状の靴下、かかとのない靴下。
「ずれそう」、「回りそう」、「履きにくそう」。
履いたことがなければ、そんなイメージを持つ人も多いかもしれない。中江さん自身、第一印象は「ずれそう」で、今のようなヒット商品になるイメージは持てなかったという。
当時は扱いがなく、製造にもすぐには至らなかったが、「『筒』の靴下」という言葉はずっと、頭に残っていた。



「つつしたの開発以前は、かかとのある、スタンダードな靴下を作っていました」。
かつて樋口メリヤス工業の主な事業は、大手が販売している商品など、値段が安い靴下の製造だった。安く買える靴下は、当然、安く作られなければならない。
原価の上限を設定される中での製造では、必然的に、使える糸の種類も、本数も限られてくる。
「『安さ』は大きな魅力ですが、その分、履き心地や丈夫さの面で、『最低限』を決めて、何かをあきらめなければいけないことも多いんです。たとえば、肌触りのいい良質な糸を使えば、つま先やかかとの部分にもっと多くの糸を使って織り込めば。もっと履き心地のいい靴下を作る方法がわかっているのに、コストの制約でかなわない。とてももどかしく感じていました」



最低限の品質を保ちつつ、コストを抑えても、より安い方へ製造依頼は流れていく。人件費の安い海外生産の波に押され、樋口メリヤス工業も、一時は経営難に陥った。
会社を畳むか、逆転の一手を探して経営を続けるか。
「倒産」の2文字も、当時、業界では身近だった。
厳しい状況の中、継続という道を選ばせたのは、モノづくりへの想いだった。
「まだ自分はこの世界で、最高の仕事ができていないと感じていたんです。だから、絶対にこのまま終わりたくなかった。コストがかかっても、心の底から『良い』と思える、自社オリジナルの商品を開発しようと決めました。



「昔から靴下を作ってきたので、とにかく、色々な方から靴下への不満や要望を聞いていました。『靴下はこういうもの』という思い込みを捨て、そのひとつひとつに応えようと思ったんです」。
「ずれない靴下が欲しい」「蒸れない靴下が欲しい」「サイズの合う靴下が欲しい」。
コストがかかったとしても、履く人の悩みを解消することを優先し、そのためなら、使う糸も、編み方も、靴下づくりの「常識」を徹底的に見直した。



靴下の常識に変革を

肌触りの柔らかな天然繊維の糸も、足にフィットする伸縮性を実現するための化学繊維の糸も、これまで使ったことがないようなものまで試し、最良と思えるものを選び抜いた。

編み方にも工夫がある。伸縮性を持たせるため、靴下には、化学繊維が用いられることが多い。通気性や肌触りに優れる綿と組み合わせているものも、一般的な編み方では綿を外側に編み込むため、化学繊維の面が肌と接する。製造効率やコスト、技術的な面が、その主な理由だという。
「履き心地を考えるなら、天然繊維が内側の方が絶対にいい」。分かっていてもなかなか実現しなかった編み方を、「コストより質」を徹底する決意のもと取り入れた。
吸水性の良い綿が肌に接することで、蒸れやニオイの軽減という副次的な効果もあった。



22~25センチ、26~28センチなど、サイズの幅が広く設定される一般的な靴下では、自分に合うものが見つけられない人もいる。大人用では、それより大きい、あるいは小さいサイズも、数は少ない。
細かくサイズを刻んで作っても、横幅や甲の高さ、足の形はそれぞれ違うから、人によって合う、合わないは必ず出てしまう。
「サイズの合うズレない靴下」を目指し試行錯誤する中で、頭の奥に残っていた言葉がよみがえった。

「『筒』の靴下って置いてへん?」

かかとがない形状なら、サイズを選ばず履けるのではないか。職人に相談すると、「やってみよう」と二つ返事。そうして出来上がったのが、誰にでもフィットする靴下「つつした」だった。かかとがないことでフリーサイズを実現。糸と編み方にこだわったことで、自在に形を変え、どんな形の足にもぴったりフィットする。



安いものでも1足1,000円を超える価格設定と、かかとがない特殊な形状は、大きな挑戦だった。販売開始当初を「靴下の常識を崩すようで、とても勇気がいりました」と振り返る。
発売後、ターゲットとして考えていた30代のビジネスマン以外にも、多くの反響があった。たとえば、足が大きかったり小さかったりして、ちょうどいいサイズがないと悩んでいた人。「かかとがない」ことで「向きを気にせずに履ける」と、障がいのある子どもを持つ親や、高齢者の介護に携わる人からも、問い合わせが殺到した。
「もともと、お客様のご要望に応えたいという想いで作った商品でしたが、私たちが想定していた以上の反響でした。望んでいた、良いモノができたという喜びと同時に、靴下一つとっても、世の中には様々な悩みを抱えた人がたくさんいるのだと実感しました。つつしたで、靴下に満足できていない、一人でも多くの人の役に立ちたい。それが今の夢です」。



ショップ紹介

樋口メリヤス工業株式会社
つつした ラボ 交野店(製造直販店)
〒576-0051
大阪府交野市倉冶4-35-23

1933年創業の老舗靴下メーカー。看板商品「つつした」は、かかとがない筒状という、靴下の常識を覆す形状で、極上のフィット感と、どんな大きさの足の人にも合うフリーサイズを実現した人気商品。